レポート
【国府津】アートの道を歩んできた二人がたどり着いたのは「“すきま”のたくさんある、原点のようなまち」/矢野誠さん・ひらたよーこさんご夫妻

アーティストのライブや展示会場としても活用される「BLEND PARK」や、国登録有形文化財の石蔵をギャラリーにした「KURA」など、アートやクリエイティブの拠点として注目されつつある国府津。最近では国府津駅に巨大な壁画アートが設置されるなど、その熱はますます高まっています。
そんな国府津に、矢野誠さん、ひらたよーこさんという、日本を代表するアーティストご夫妻が移住されたことは、昨年からの隠れた話題でもありました。
ひらたよーこさんは、作曲家の父・筒井広志さんのもとで音楽に親しんで育ったシンガーソングライターであり俳優。ことばをうたうバンド「あなんじゅぱす」を主宰する一方、2011年まで劇団青年団に所属し、多くの海外演出家の作品にも出演。最近はテレビドラマへの出演でも注目を集めています。
第一線で活躍し、世界をめぐって創作を続けてきたお二人が見た“国府津”について、また“国府津のアートの可能性”について、お話を伺ってきました。

地域のアーティストたちとの出会いと交流。
かつての旅先のような、国府津の純粋さと心地よさ。
今まで独特な動機とタイミングで、様々な場所を旅してきた矢野さん。
「7年に1回くらい、“逃げる”んです」と振り返ります。幼少期からクラシック音楽を愛していた矢野さんですが、時代の流れや縁もあり、依頼は歌謡曲の仕事が多かったといいます。
「自分の中にないものだから、ある程度やって、ワーッてパニックになる」
そうして衝動のまま旅へ。 ただ、そのアンテナは常に音楽に向いていました。
「今はパンクが面白そうだなっていうので、ロンドンに行ったり」宿泊先はミュージシャンや音楽関係者の家が多く、時には世界的なアーティストの家に泊まることも。そこでは音楽を通じて、自然に心を通わせ合っていました。
「エンターテイメントは都会のラットレース(ネズミの競走)、都会の音楽は“勝つためのもの”。そんな話もよくしてた。旅先ではただ曲を聴き合ったり、音楽論を語ったり、そんなことばかりしていました」そうした経験から持つようになったのが「都会にはいたくない」といった思い。
国府津への移住のきっかけは、ピアノの演奏に適した環境であり、二人の音がぶつからず、周囲にも負担をかけない、今の家との出会い。実際に暮らしてみると、フレンドリーで温かい人々や純粋なアーティストたちとの交流が、かつて旅先で感じた心地よさを思い起こさせ、創作の場としても刺激を受けているといいます。


「ここなら、普遍的に心に届くものを目指して作品がつくれるんじゃないか」
ひらたさんは鎌倉育ち。
東京を拠点に仲間と切磋琢磨し、時にはライバルと競い合いながら音楽や演劇活動をしてきました。けれど、印象に残っている場所は、旅公演で訪れたバヌアツ諸島や、国内では山形の山奥など、どこか自然豊かで素朴な土地。そうした場所に行くと「自分には普遍的な何かがあるのか」「これは本当に面白いのか」と試される感覚になるといいます。
自然の中で準備し、待つ人がワクワクしている空気。
初めて見る舞台に目を輝かせる子どもたち。
言葉を超えて人と人が分かり合い、その場全体から“何かがあふれ出す”感覚。
「その瞬間がすごく楽しい」と語ります。
そして今、その感覚に近いものを“国府津”でも感じているそうです。

最初に気づいたのは、人と人とのほどよい距離感。
音楽とともに暮らすひらたさんにとって、ご近所づきあいはデリケートな課題でした。しかし、近所のおばあちゃんに「音楽をやってるからうるさいかもしれないです」と伝えたところ、「私、音楽大好きだからうれしい!」と、驚くほどあたたかい言葉が返ってきました。
あたたかく、けれど踏み込みすぎない、心地のいい距離感。
以降、リハーサルに近所の方を招いたり、逆に当日の音響を手伝ってもらったり、応援団のようにライブに足を運んでくれたりと、音楽を介した新しい交流が生まれていったのです。
また、国府津の最大の魅力は、”すきま”のような空間とも感じていました。
「BLEND PARK」や「KURA」をはじめ、まちのあちこちに点在している場は、すべて手作業でかたちづくられたもの。イベントスペースやギャラリーではあるものの、その使い方は自由。それぞれの“すきま”に対してアーティストがイマジネーションを広げ、活動を展開しています。
「人の心に届く、普遍的なものをつくりたい」ずっとその思いを抱えてきたひらたさんにとって、国府津は、自身の夢を叶える可能性に満ちたまちでもあったのです。

たくさんの運命的な“出会い”
何といっても面白いのが、お二人が国府津にやってきて以降の、怒涛の“出会い”のエピソード。
散歩の途中に出会ったギャラリー「KURA」では、ちょうどイラストレーター・たなかきょおこさんの個展が開催中。「実は引っ越してきたんです」と声をかけたところ、返ってきたのは「KURA」や「BLEND PARK」を運営し、地域のアートイベントにも関わる杉山大輔さんの名前でした。
「国府津に来られたなら、すぐ会いますよ」
その言葉どおり、ひらたさんは移住してすぐに杉山さんとつながり、交流は一気に広がっていきました。
【mi's navi】真面目に楽しく「国府津」をBLENDする-杉山大輔さん

特に運命的だったのは「フルヤレディスファッション」の古谷友子さんとの出会い。
ひらたさんが曽我エリアの「SOGA BLEND」で展示されていた衣装に一目惚れし、国府津の店舗で試着したところ、まさにシンデレラフィット!探していた理想のステージ衣装に、なんと自身の暮らすまちで出会ったのです。

一方で、矢野さんにも“再会”という出会いがありました。
若い頃に親しくしていたミュージシャンの先輩・本多信介さん。互いに国府津に住んでいることも知らなかったのですが、共通の知人が気づき、つなぎ合わせてくれたことで、50年ぶりに再会をはたすことができました。
「青春が戻ってきたみたい」と笑う矢野さん。
若いアーティストたちとの交流、そして、若い頃をともに過ごした旧友との再会。これらの運命的な数々の出会いが、国府津で展開していったのです。

国府津のアートの可能性は
“国府津の暮らしや人との交わりが創り出していく世界の可能性”
あらためて「国府津はアートに向いている場所」と語るお二人。
矢野さんは「down to earth(大地に根ざす)」と、胸に手をあてて口にします。「みんな本物。ラットレースのためにつくったものじゃない。生きる衝動から。それが〇(まる)だよ」
ひらたさんも「杉山さんはハートのある人だし、友子さんのドレスも素敵」と大きく頷きます。
自然に包まれた懐かしい海街。
そこに暮らす、フレンドリーであたたかい人たち。
人と人のつながりが生む、世界の広がり。
面白いこと、楽しいことを追い求める純粋な気持ち。
国府津は、アートの道を歩んできたお二人がたどり着いた、“原点のようなまち”でした。そして、奇跡と可能性に満ちた、心おどる、たくさんの“すきま”のあるまちでも。
これからもここからどんな創造がされていくのか、楽しみにしていきたいと思います。

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