レポート
駄菓子を通じて人と人が繋がる場所【黒栁さん】
店主の黒栁さんが「おかえりー」と声をかけて、お店に来る人たちを迎えます。
ここは学校でも、家でもない、まさに「サードプレイス」。
子どもたちが「安心する・ほっとする」ことができるような場を作る黒栁さんにお話を伺いました。
子どもたちも自分らしく過ごすことができて、安心できるような空間を作りたい
祖母の経営する「くろやなぎ商店」で生まれ育った黒栁さんは、学生時代に「プレイパーク」という子どもの遊び場づくりの手法に出会い、それ以降も児童館や学童保育の職員など子どもと関わる仕事に携わっていました。学生時代から小田原を離れていたのですが、小田原に戻ることになり、そのタイミングで商店をご両親と一緒に継ぎ、2018年にリニューアルオープン。現在の形である「駄菓子・文具 くろやなぎ」となりました。
「子どもたちも自分らしく過ごすことができて、安心できるような空間を作りたいと思ってはじめました」
子どもたちの考え方や生き方を尊重し、何かを押し付けることなく、また、来てくれる人みんなで作り出す世界や領域を侵すことなく、心の支えとなり、安心できる場所として存在し続けるため日々試行錯誤しています。
「いろいろな世代が集まることができる地域の場所にするためにも、さまざまな環境の子どもたちが、自分自身で選んで参加できる場所にしたいと考えています。単に利益を追求するならば、使用料を課したり、商品の価格を上げたりすることも考えられますが、それは望ましくありません。誰でも自由に参加できる場でありたいんです」
子どもたちは「くろやなぎ」に来て、駄菓子を買ったり、おしゃべりや宿題をしたり、絵を描いたりして過ごします。年齢層は幅広く、それぞれの子どもたちが兄弟・姉妹のような関係性になっているそうです。
「ルールは設けていません。でも、子どもたちに『どうしたらより良い場になるのか』ということを自分たちで考えてもらうようにしています。子どもたちは本当にすごいですよ。他人に対する関心がないように見えても、実際には困っている人を助けようとする優しさと、相手の領域に踏み込み過ぎることなく適切な距離感を維持するバランス感覚を持っていますね」
ルールがない代わりに「ようこそ駄菓子屋くろやなぎへ」というボードが店内に掲げられています。これは、くろやなぎに来ていた当時、女子中学生だった子たちとつくったものです。
ボードのまわりには、オリジナルの川柳が添えられています。また、「こうかんノート」にはさまざまな子どもたちの声や絵が描かれていました。
「落書きみたいなものだけかと思っていると、真剣な悩み相談も書かれていることもあるんです。そんな問いかけに、僕の感じた思いをのせたりすることもあります。思ったよりも、みんないろいろなことを書いていると感じます」
「人と人との関係性が希薄と言われがちですが、都心部は人口が密集しているため、集まる場は一定数存在します。一方で人口が少ない場所では、対話の場がなくなる傾向にあります。気軽に行ける場所になることで、住んでいる人たちが顔見知りになり、生活する皆さんにとって地域の1つの拠点のような場所になってほしいと思っています」
ここに駄菓子があるだけで、人は世代や性別、地域の違いを超えて話すことができる
「駄菓子ってすごいんです。駄菓子を知らない人ってまずいないですよね?駄菓子があるだけで、人は世代や性別、地域の違いを超えて簡単に話すことができるんです」
黒栁さんによると、駄菓子はずっと昔から変わらない製品がある一方で新しく発売されたり、過去の製品がリニューアルされたりするなど、常に少しずつ更新され続けています。これにより、すべての人が共通の話題として話すことが出来ます。
お店だけではなく、イベントに駄菓子屋として出店する「出張駄菓子屋」という形態もあります。
「駄菓子がきっかけで、大人と子どもが混ざって話を始めるんです。大人は"自分の時はこうだった"と昔を語り、子どもたちは"今はこういうお菓子があるんだ"と今を伝える!私が特別に何かを話すことはありませんが、駄菓子屋があることで、自然と話がはじまっていくんです。その瞬間こそ、私が駄菓子屋であることの意味を感じますね」
人と人を繋ぐ存在になり得ることが駄菓子の面白さと語る黒栁さん。
『くろやなぎ』にとって、駄菓子は、駄菓子という商品以上の価値を持っています。
このエリアは地域を良くしようと思っている人が多い
「人情味のあるエリアだと思います」と話す黒栁さん。
『くろやなぎ』のあるエリアでは、子ども会の加入者が減り、現在、子ども会としての活動は行われていません。しかし、桜井地区社会福祉協議会が主催する、子どもをはじめ地域のみんなが自由にご飯を食べられるイベントが実施されたり、常連の高校生達と黒栁さんがこのエリアで提案したスタンプラリーに対しては、近隣のお店が積極的に協力してくれたりするなど、子どもたちを巻き込んだイベントや取り組みが実施されています。
「このエリアは地域を良くしようと思っている人が多いと感じます。特にお店を経営している方々は、地元の人だけでなく、市外から訪れるお客さんとの出会いもとても大切にしています。顔見知りになることの大切さを理解しているということだと感じています」
地域のお祭りにも「出店してほしい」というお願いをされることもあるそうです。
『くろやなぎ』が出店していると、地域の子どもたちが手伝いやお祭りに参加をしに駆けつけてくれて、「おぉ~い!来たよー!」と言われるそうです。
このように、『くろやなぎ』は、地域の人たちにとって愛される場所になっています。
旧日本軍が使っていた古地図を寄贈してもらったり、写真や本、さらに毎週雑誌を寄贈してくれたりする方もいるとのことです。
「このような落ち着いた雰囲気だからこそ、急かされることなく過ごすことができます。ここでは子どもだけではなく、時には大人も時間をかけて駄菓子を選びに来るんですよ。それは普通のお店ではあまり見られない光景ですよね(笑)」
『くろやなぎ』では、駄菓子、文具だけではなく、祖母の代から行っているタバコの販売もあります。
「入荷してほしいという大人の方がいて、そのお客さんたちのためだけに入荷しているものもあります。どこでも購入できるものだと思うんですけど、今度からここで買うよ!と応援してくれる方もたくさん居るんですよ。常連のおじいちゃんが笑顔で来てくれると、元気に過ごしていることが確認できて、こちらも安心するんですよね」
黒栁さんが大切にしていることは、お店での出会いを通じて地域の人たちと顔見知りになることです。これにより、地域の人たちは安心でき、社会と関わり続けることができると考えています。
「さくらんぼクエスト(スタンプラリー)は夏休み限定でやっているのですが、体験した子ども達が、楽しみながら自分たちの地域を知っていく一つのきっかけになってくれたら良いなと思っています。そして、いつか夏の風物詩のように"夏といえばさくらんぼクエストやったよね"みたいな形で、今よりずっと先に思い出すこともあると思いますが、その時、さくらんぼクエストを通じて地域の人々とのつながりを持っていたことを思い出してほしいですね」
小田原は「無難な穴場」
改めて、小田原の魅力を考えてみた黒栁さんは、自分だけではなく、周りの人にも小田原の魅力やどのような生活ができるかを尋ねてみたようです。
「海が近く、海岸を散歩して、シーグラスを見つけることができます。大きな公園がいくつかあり、自然とともに美しい景色を楽しみながらのんびりしたいという人にはオススメだと思います」
カメラを持って少し散歩をして、出かけてみるだけで多くの発見をすることができると考える方もいたそうです。
「それから、魚のおいしさですかね。小田原に長く住んでいると、スーパーや魚屋に並んでいる魚を特に何も考えずに購入しても、その味は普通においしいという感覚が当たり前になります。しかし、市外に住んだ経験のある友人が"これは他の地域では当たり前ではないことに気がついた"と言っていました(笑)長く住んでいる人ほど、逆にこのありがたさに気づきにくいのかもしれないですね」
「小田原を一言であらわすと」を黒栁さんに聞いてみました。
「どうしても自分で考えても良いものが出てこなくて…(笑)そんな時に知り合いが『無難な穴場』と言っていて、個人的にはそれがすごいしっくり来たんです。『無難』ってなんかネガティブな印象がありますが、言い換えると『特別に優れていないが、欠点もないこと』という意味で、確かに地味かもしれないですが、都心に近く、食事もおいしい。生活に必要なものはひととおり揃う。でも、地味だからこそ、まだ多くの人には見つけられてないので、見つけた人には穴場に感じる。まさに、小田原という感じです。自分の言葉ではないんですけど、これでお願いします(笑)」
地域を盛り上げるために、今後もさまざまな活動をしていこうとしている黒栁さん。
「小田原は自然に恵まれていて暮らしやすいですが、生活において重要なのは「人」だと思います。そのため、住んでいる人同士が"顔見知り"になれるような、子どもからお年寄りみんなが気持ちよく過ごせる場づくりを今後も続けていくつもりです」
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