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移住

2024.07.22

移住した先、「小田原」で見つけたもの

栄町郵便局前にあるオルタナティブ・ポップアップスペース『CORNER』。

小田原市の移住PR動画『おだわらでみつけたもの』のロケ地としてもご協力いただいた『sent.』さんが市内の本町へ移転し、その後に出来上がった空間です。

『植物屋さんかしら?』
『一体なんのお店なんだろう』

道を通りかかる人から様々な声が上がるなか、2024年4月、ついにその全貌が明らかになりました。
仕掛け人は、以前移住者インタビューにも協力いただいた蜂谷さん。

移住後のオープンまでのあゆみ、そして、『CORNER』に込めた想いなどを伺ってみました。

場所からインスピレーション

蜂谷さんが小田原へ移住してきたのは、2022年の1月。都内のカルチャーへのアクセスの良さと古民家暮らしへのあこがれなどの条件から『なんとなく軽いノリで』小田原を選んだという蜂谷さんでしたが、移住して来るやいなや驚くほどのスピードで小田原のまちに馴染んでいきました。

「長いあいだ勤めた東京の会社を退職したタイミングで移住して来たので、自分の生き方をリセットするせっかくの機会だと思って、仕事探しや生産的な目標などはノープランのまま、シンプルに移住生活を楽しもうと、旅行者に近いノリで暮らしはじめました。
移住者として鮮度の高い『旅人以上、市民未満』とも言えるこの時期には、ロールプレイングゲームみたいに出歩くたびに面白いように新しい情報や人との出会いがあって、運よく早い段階で気の合う人たちと仲良くなることができました。」


移住先での新生活を目いっぱい楽しむために、しばらくの間は、昼食と夕食は自炊せず必ず外食すると決めた蜂谷さん。
地元の飲食店や新しい土地に積極的に足を運んだ結果、次々に知り合いが増えて、自然と小田原に溶け込んで行ったのだそうです。

「気分もだるいしなんとなく面倒だなあと思うような日でも、なるべく人の集まるところや外に出かけるように心がけていました。特に初めの2カ月くらいは、そういうキャンペーンの期間だと自分に言い聞かせてました。」

そもそも『古民家暮らしへのあこがれ』が小田原を選んだ大きな理由の一つだった蜂谷さんですが、当初は「ごく普通の駅近マンション」で生活をスタートします。『希望通りの古民家も、やりたい仕事も、そうすぐに見つかるわけがない』と考えた蜂谷さんは、自分にはまずは人や情報とのご縁が大事だと考え、エリア重視で物件を選ばれました。そして、移住後はかなりアクティブに過ごしていた蜂谷さんに、2カ月ほど経ったある日、ふらっとご縁が巡ってきます。それは、現在の『CORNER』となる店舗付きの古家物件に引っ越さないか、というお話でした。
「はじめて内覧をしたその日には、もうCORNERのイメージが頭の中に浮かんでいました」

移住後も常々「いい物件があったら古民家に住みたい」と言い回っていた蜂谷さんに、不動産屋さんの方から絶好のお話が舞い込んで来ます。1階で雑貨屋を営みながら住んでいたご夫婦が年内に新築物件へ引っ越すことが決まり、次の入居者を応募中だというもので、偶然その雑貨屋さんとは移住後すぐに親しい間柄になっていたこともあり、とんとん拍子に物件の内覧まで話が進んだそうです。

2階の居住空間も含めてこの物件を一目見て気に入った蜂谷さんは、2階に住みながら1階の店舗スペースで何か商売をはじめるのも悪くないと考えます。レトロな店内の雰囲気をとても気に入った蜂谷さんは、この時点ですでに『ここを自分が好きなモノが集まるような空間にして、それに共感する人たちと面白いことをやってみたい』というなんとなくのイメージが浮かび、『CORNER』という店名もその時にはもう浮かんで来たのだそうです。この時点でまだ移住して3ヶ月というスピード展開でした。

当時は店舗経営に関するノウハウもまったく持っていなかった蜂谷さんは、この年の小田原箱根商工会議所主催の起業スクールに通ったり、食品衛生管理責任者の資格を取得したりするなど、徐々に『CORNER』の開業に向けた準備をはじめます。出店開業前提での賃貸契約を交わすにあたって、諸条件の調整に思っていたよりも時間がかかったそうですが、2023年3月にはいよいよ物件に入居し、ここから約1年かけて、店舗の内装など含めた開店準備期間がはじまりました。

『場所が求めるデザイン』を探るプロセス

2023年3月の入居から1年以上、2024年4月のオープンまで、期限を設けず、自分の好き嫌いの感覚に逆らわずじっくり「好き」を集めて少しずつ作り上げた『CORNER』。

「店舗準備に伴うリフォーム作業においては、多少いびつでもいいからなるべく古いものだけが持つ味わいを残したいとの思いから、手探り&DIYメインで進めることに。

「よくある小綺麗なリノベーションに対する抵抗も強かったし、築68年の元酒屋ならではの雰囲気はできるかぎり残したかったので、あえて店舗のデザインは外注せず、施工部分だけをプロの方にお願いしました。単純にデザイン費を抑えたかったお財布事情もありますが、ここがこんな風だったらいい感じだろうなというデザインの部分は自分で主導権を持っておきたかったので。『いい建具が見つかったんですけど、これってあそこに使えますか?』みたいな調子で進めたので、親方には相当いろんな場面でやれやれと呆れられていたかとは思います。(笑)」

使い込まれたものや古いものにしか醸し出せない特別な味わいのようなものに強く魅力を感じると語る蜂谷さん。

「そういうものを、“経年美化”って勝手に呼んでいるのですが、そういうものだとお店にもよく馴染むので、そこは労を惜しまず探し集めたりしました。そのぶん納期が定まらないままスケジュールも延び延びになったりした面もありましたけど、安易に既製品や合理的な方法には頼らないで、必要とあれば自分で遠方まで部材の調達に軽トラを走らせたりして、場所そのものが求めているデザインやパーツを集めていくプロセスを通じて、より一層自分の愛着がこもった空間が生まれたと思います。」
『CORNER』のアイコン的存在である、暖簾。
『CORNER』のアイコン的存在である、暖簾。

暖簾づくりを起点として生まれたロゴデザイン

店名とほぼ同時にロゴの草案も頭の中にあって、早い段階から相当数のラフ案を考えていたという蜂谷さん。さまざまなアイデアが浮かびはするものの、『デザインがそれっぽいものに近づけば近づくほど嫌いになるという”完全に拗れた状態”』に陥り、最終的には自らのデザイン能力の限界も感じて完全に行き詰まってしまったそうです。

そんな状況の打開のため、まずはPC上でのデザインを封印し、集まるかぎりのいろんな色の折り紙や和紙を買い集め、クレヨンや色鉛筆を引っ張り出し、時にはハサミで切り貼りしたりもして、完全なアナログ手法でのアプローチに立ち返ったそうです。そんな苦悩の果てにたどり着いた答えが、「型染め」でした。

蜂谷さんの地元・盛岡の光原社や世田谷の日本民藝館で見てきた故・柚木沙弥郎氏の数々の作品に見られる、素朴ながらも力強いシンプルなデザインの中に、「CORNER」らしいデザインのヒントがあるのではと思い至ります。そして、柚木作品の研究資料や文献を集めながら、型染めが持つ手仕事ならではの良さを感じるにつれ、もはやロゴや名刺ではなく「まずはお店の入り口の暖簾から作ろう」という判断に至ったそうです。ひとたび「型染め」という大方針が定まると、そこからは一気に物事が進み、翌週には湯河原にアトリエを構える「型染工房たかだ」の高田長太さんと暖簾の発注打合せをしていました。

余談ながら、奇しくも長太さんの実父にあたる先代・正彦さんも、柚木さんと同じ人間国宝・芹沢銈介のお弟子さん仲間だったそうで、50歳以上年齢の離れた長太さんと柚木さんも親しい間柄だったのだそうです。

そこから先の暖簾づくりはトントン拍子に進み、暖簾制作のために固めたデザインや配色をベースに、ロゴやショップカードなどオープンまでに必要なあらゆる制作物のデザインも次々に出来上がっていきます。
尚、暖簾づくりが軌道に乗った勢いで俄然やる気になった蜂谷さん。WEBサイトもノーコードのサービスを使ってすべて独学で自作してしまったそうです。


「試しにやってみたら思いのほか楽しくなってしまって、気づいたらこれでいいやって、気が済んじゃいました(笑)
無料で作れちゃうのもすごく助かるし、100%内製だから変えたい時に自分で好きにいじれるのも長期的にもすごく便利だし。」


蜂谷さんのパーソナルな部分が全面に出ているともいえる『CORNER』。『できるだけ自分の好き嫌いを尊重しながらつくり進めたらこうなりました。ここは使ってもらってなんぼのイベントスペースなので、ご利用いただく店主やイベンターの方に興味を持ってもらったり気に入ってもらえたりするように、頑張らなきゃいけないのはここからです!』ともおっしゃっていましたが、それほどこだわって作られた空間ということがわかります。

自由な空間

『”オルタナティブ・ポップアップスペース”って、何のお店かが分かりにくいですよね』と苦笑いする蜂谷さん。
『イベントスペース』と言い換えるとようやく少しだけ伝わるようのですが、でも、ここにしかない無限の可能性がある場所だと語っています。

「CORNERにはあまり決まり事がないんです。キッチンもあるし、展示会やワークショップもできるし、そこまで爆音じゃなければライブもできます。いろんな人が、いろんな使い方をして、いろんな混ざり方をしていく。そんなことが沢山起こる場所になればいいなと思っています。なにせ伸びしろが大きい場所なんです!(笑)ぼく自身も、様々な人やモノとの出会いで進化していけたらいいな(笑)」

一方、本人が想定していなかった空間の解釈も出てきているようでした。

「先日、知り合いに声をかけてもらって”CORNER店主”という肩書で、とあるイベントに出店したんです。スペース貸しの店主がよそのスペースで出店なんて不思議すぎませんか?(笑)」

『CORNER』では、盛岡の焙煎珈琲のほか、岩手の日本酒やクラフトビールも取り扱っていて、イベントのない日にはそれらをゆっくり味わえる喫茶・角打ちスタンドとしても営業しています。また、『CORNERのコーナー』と呼ばれる店内の商品棚ではクリエイターの作品やグッズの販売や、知人から集まった私物のフリマ出品なども行っています。

場所があるとそういう好き勝手なことが自由に出来て、その自由さが『出張イベント』という自由さを呼んでもいるんだと気付かされました。」

蜂谷さんの”好き”が積み上げられている空間と、蜂谷さんその人に魅了されている人が増えてきているようです。
 

時間と空間が溶け合う

蜂谷さんに、あらためて『小田原の魅力』を聞いてみました。

「いちばんは『アクセスと…絶妙な距離感』でしょうか。海山川も温泉も豊かな自然が近くにあって都内へのアクセスも便利というのは、よく褒められるポイントですよね。逆に、都会から「ちゃんと遠い」っていう存在感も実はこの土地ならではのポイントではないでしょうか。実際の移動時間は短い割に、知り合いがずいぶんと旅行気分で訪ねに来てくれるっていう(笑)あとは『老若男女問わず知り合いがいる、知り合う機会が沢山ある』というのも、都内に住んでいた頃にはなかったこと。初対面の人に住所を聞かれることとか、地元民同士の距離感も独特ですね。年代や属性も関係なくいろんな知り合いができるというのは魅力だと思います。『東京は他人だらけ、小田原は知人だらけ』という違いを感じます。」

以前のインタビュー記事でもおっしゃっていましたが、『ロールプレイングゲーム』のような要素があるのも小田原の魅力だと語る蜂谷さん。行きつけの店でたまたま出会ったお客さんが、そのあと『CORNER』に来てくれたり、通りがかりに解体予定の物件からとんでもないお宝を譲ってもらったり、そういう偶然の出会いは、移住から2年を経た現在も続いているとのことでした。

『CORNER』には、蜂谷さんの"好き"が様々な時代をこえて集まります。かつては酒屋の一升瓶が並んだ商品棚には、自身が買い集めたレコードや本、お気に入りの雑貨や観葉植物から、クリエイターのグッズや地元盛岡のお菓子などの販売商品まで、整然とも混沌とも言える様子でぎっしりと並び、店内には最新のインディーロックからオールディーズまで幅広くタイムレスなBGMが流れ、ガラス戸を挟んですぐ目の前を絶えず車や歩行者が行き交う通りの日常と対比する、開放的かつ唯一無二な独特の癒し空間を作り出しています。

「ここに座って通りを眺めていると、時間と空間が溶けてなんだか変わった感覚になりますよね(笑)。ある時はカレー屋だったのが、またある時は古着屋になったりライブ会場になったりもする一方で、大型トラックやバスが交差点を曲がるたびに建物ごと揺れるし、新幹線の通過音も雨音もここでは全部BGMの一部になります。バスのお客さんとしょっちゅう目が合うんですけど、みんな『ここは何?』って顔をしています(笑)。そういう面白い場所なので、今後もっともっとイベントを増やしていきたいです。特にライブ!演奏者にもお客さんにも、こんな特殊な会場ってないと思うので、その分、濃厚で特別な体験になると思うんで、いま一番の目標として頑張っていきたいです。」

小田原は、歴史・文化の混ざりあうまちです。戦国時代の遺構の隣に、現代の建物が建っていたり、そのすぐ近くに大正時代の別荘があったり、時代が地層のように折り重なっています。

『CORNER』は、そんな小田原の時代や空間が溶けている様子が凝縮されているような気もして、だからこそ、小田原の人にとってなんとなく居心地の良い空間なのかもしれません。

『小田原にはいつまでいるか、わからないけれど』と、あくまでも自分の”好き”を追い求める蜂谷さんの未来がとても気になります。

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